竜詩が紡いだ孤独な者達の闘い。

竜詩戦争にはたくさんの対立の構図がありました。

竜と人。ニーズヘッグとフレースヴェルグ。トールダンとアイメリク。貴族と平民。
これらの中には、「孤独」を軸として、そうであるものとそうでないもの、という構図もいくつかあったように思います。
孤独故に戦うしかなかった者と、愛を誰かと分かち合うがため闘いに身を投じる者。

孤独な者の代表はニーズヘッグやイゼル、トールダンであり、愛を背負う者の代表は光の戦士やフレースヴェルグ、アイメリクなどでしょう。

トールダンには蒼天騎士団おったやないか、という言葉が聞こえそうですが、物の数の話ではなく、精神的に孤独であったか、お互いを思いやる気持ちを誰かと分かち合っていたか、というような、かなり感覚的な話だと思ってくださいね…w

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絵面的にはこういう感じの状態のこと。色々お見苦しい感じなのはご容赦頂きたく…(°_°)

イゼルは仲間やろー!と言われてしまうかもしれませんが、彼女が本人の気持ち的にもヒカセン達の「仲間」となったのは、ドラゴンズエアリーでのニーズヘッグ戦前後、フレースヴェルグに事実を叩きつけられて茫然自失となった後の話です。クルザス西部高地で彼女と合流した時は、罪悪感こそ強かれど「呉越同舟」という意識しか持っていなかったはずですよ。

魔大陸「アジス・ラー」での対帝国艦船との死闘こそ、「仲間」としてのイゼルと光の戦士ご一行の最初で最後の共闘と言えるかと。
仲間である光の戦士を先へ進めるために、蛮神シヴァことイゼルはこの闘いに自らの命を賭しましたが、その前後の話は「蒼天秘話」の「氷の女神」に詳しいので、まだの方は是非一読をオススメします。
この瞬間まで彼女は孤独であったことについては別の記事に認めました。

ちなみに、実はエスティニアンもほぼ同じ頃までは「孤独な者」の側にいたと考えています。
彼はヒカセンやアルフィノを信用はして旅を始めましたが、信頼をしたのはその後。クルザス西部高地や高地ドラヴァニアでの協力プレイの際、「仲間」としての意識をイゼルより先に、ヒカセンやアルフィノに対して抱いたものと思われます。
彼がイゼル本人を認めたのは、間違いなくアジス・ラー前の死闘だったとは思いますけども。
(逆に言うと、だからこそイゼルが本当に彼らの仲間になったのはここだという考え方ができるかなーなんて)

トールダンが孤独だったことについては、アイメリクが真正面から言っちゃってるので引用で済ませてしまおう()

アイメリク
「父は国を愛せど、民を信じなかった。ゆえに己の力のみで変革を行わんとし、道を誤ったのだ。」
蒼天のイシュガルド竜詩戦争 完結編 その者の選択

国という大きな枠組みだけを見て、もう一方愛すべきものを忘れていた、ということでしょうかね。

ニーズヘッグの孤独については語る必要はなさそうですけども…
ニーズヘッグに意見できるとなると父であるミドガルズオルム、兄弟のフレースヴェルグ、ぐらいしか正直なかったんだろうなあ…というのは多分言わずもがなか。

そんな限られたメンバーしかいねえ状態にも関わらず、ミドやんは恐らくバハムートがアレでソレな事になった時もそうだったのでしょうが我関せずですし(ハイデリンにぞっこん過ぎてドン引きですわ…)、フレースヴェルグに関しては、自分とシヴァが導いた融和こそがラタトスクに死をもたらし今のニーズヘッグの不幸と悲しみの大本となってしまったと言われてしまえば、罪悪感から反抗するわけにもいかなかったでしょう。竜も一部では想像以上に人間くさいです()

ニーズヘッグの中で共有した感情や記憶についてエスティニアンがカットシーン中語っていますが、エスティニアンとニーズヘッグは物語の上でもそれぞれの陣営にいる似た者同士として描かれていたのだなと思います。
「一歩間違えたらアイツがオレでオレがアイツだった」的なキャラクター関係はテンプレながら、まさにコレ。

正直なところ、この展開でニーズヘッグの心が救われる道はほぼ存在しなかったので、もう力づくの調伏状態ですが、憎しみって個人の中でも循環しやすいものです。(リソースの続く限りの話)
ここまで憎悪して投じてきた全てのものについて、とある時点で疲労を感じても、中々損切りが出来ないのですよね(例えがヒドイのは承知の上)。「全て無駄になってしまうのか」と感じると、そこまでの自分を否定する感覚に陥りますし、何よりそれは自分の敗北を意味しますので。
いやいやそれは認められねえ。と感じた時に、そう感じさせる原因となったものが自分に与えた苦痛を思い出すわけです。そしてまた憎悪再燃。ほら循環。

これを止めることができるのは、愛(くっさ)…というか他人のことを思いやる心だけと言われています。
そこを突破出来たのが、シヴァの愛を持っていたフレースヴェルグであり、これこそがニーズヘッグとフレースヴェルグの道を別けたのでしょう。

結局、エスティニアン以外の孤独な者は、自らの業を背負って果てることになりました。
自らの罪を認め再起の覚悟を決めたけれど間に合わなかったものもいれば、救う道はもはやなく討ち果たされる以外許されない程の罪を抱えてしまった者もいました。
エスティニアンがかろうじて生き残ったのは、ギリギリのタイミングで誰かと心を通わせることが出来たから、だったのかなと考えると、残りの果てた者達について、少なからず切なさを感じずにはいられません。
もう少し早ければ。もし誰かが見ていてくれれば。

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今回3.3で竜詩戦争そのものはニーズヘッグの敗北という形で幕を閉じたため、初代トールダンと12騎士がラタトスクをどのように騙し討ちにし眼を奪ったのかという詳細は恐らく今後も描かれることはないのでしょう(私個人は本当に本当に残念です…)。
…闇の戦士が何ぞ竜の眼狙ってそうな描写されてたので、4.xまでの間に再び出てきて悪用されたりしねーだろうか、なんて非常に気になりますけども(

しばらくの間は、討伐ルーレットでニーズヘッグ戦にあたる度に、ニーズヘッグへの感傷を味わうことになりそうです。
「最期の咆哮」の音楽も非常に良い出来でしたので…個人的には好きなコンテンツなんですけど、こう色々個人的に思うところあったせいで、ニーズヘッグを思うと胸に来るんですよねえ…
感情移入しすぎて今回の記事は推敲もうまくいきませんでした(°_°)
色々クサイ表現もありますしお目汚しご容赦を。

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